フ ォ ー レ 「 レ ク イ エ ム 」

町田フィルハーモニー合唱団 安倍武明

 

レクィエムとは、ラテン語の特定の式文が用いられる、カトリック教会で行われる死者のためのミサ曲である。 「レクィエム エテルナム」(永遠の安息を)という字句で始まるためこの名があるが、幾多の名曲は教会のみならず広くコンサートホールでも演奏され、人々に深い感銘を与えてきた。

Gabriel Urbain Faure(1845/5/12~1924/11/4)のこの曲も心のひだに浸み入るような名品であり、広く親しまれて彼の代表作の一つとなっている。

1885年に父を失ったフォーレは、追悼のためにレクイエムの作曲を決意した。 この時フォーレは40才。 パリの聖マドレーヌ教会の第2オルガニスト、合唱長の職にあり、すでに多くのピアノ曲と歌曲を発表して作曲家としての地位を固めつつあった。 さらに1887年に今度は母の死を迎え、作曲に拍車をかけて1888年1月、パリの聖マドレーヌ教会において彼自身の指揮で初演を行った。 全7楽章の形での演奏は1893年1月にサン・ジェルヴェーズ教会で再演された折りである。 現在一般で用いられている大編成の管弦楽による演奏は、1900年6月、パリ万国博覧会の際、トロカデロ宮においてタッファネルの指揮によって行われた。

歌い出しはすべてピアノないしピアニッシモであり、声高に訴えるところは皆無なのにかかわらず、この曲が初めて聴く人にも強い印象を与えるのは、フォーレの肉親への深い追慕の念が優雅な作風の中に染みこんでいるためであろう。 まことに珠玉の逸品である。

レクイエムは通常次の順序で行われる。

入祭唱(イントロイトゥス。歌われる)

キリエ(歌われる)

入祭祈願(唱えられる)

聖書朗読(唱えられる)

昇階唱(グラドゥアーレ。歌われる)

詠唱(トラクトゥス。歌われる)

続唱(セクエンツィア。歌われる)

福音朗読(唱えられる)

奉献唱(オッフェルトリウム。歌われる)

密唱(唱えられる)

叙唱(唱えられる)

聖なるかな(サンクトゥス。歌われる)

主の祈り(唱えられる)

神の子羊(アニュス・デイ。歌われる)

聖体拝領唱(コンムニオ。歌われる)

聖体拝領祈願(唱えられる)

終祭唱(歌われる)

フォーレのレクィエムは次のような点で通常のレクィエムの形式と異なっているが、これは自らの肉親追悼が作曲の動機となったことと無縁ではあるまい。 フォーレは、自身の深い情念を吐露するために、古来の形式に囚われなかったのではないか。

字句の省略と改編:

例えば、入祭唱とキリエの最後に置かれる句がそれぞれ省略され、入祭唱とキリエが同一部分のように、同じ旋律素材で作られている。同様に、神の子羊と聖体拝領唱でも句の省略が行われた上、両者を一つにまとめて作曲されているのである。

続唱の省略:

「ディエス・イレ」(その日こそ怒りの日)という言葉で始まる続唱は、最後の審判について語られる部分で、テキストは長大であり、作曲する場合、聴く人の心を震撼させるべく入念に善かれるのが常であるのに対し、フォーレはこれを全く省略してしまっており、わずかに「われを救いたまえ」の中にその片鱗を残すだけである。

赦祷式や出棺の式文の付加:

フォーレはレクィエムの式に続く赦祷式、すなわち死者の罪が許されるよう祈願する際に歌うべき「われを救いたまえ」と、赦祷式を終えて出棺される際に歌われる「楽園にて」を付加しているが、特に後者の付加は非常に珍しい。

全曲は次の7楽章で成っている。

I INTROIT et KYRIE

入祭唱とキリエ(合唱) 死者の永遠の安息を神に願い、憐れみを求める祈りである。ニ音が重々しく奏された後、合唱が囁くようにニ短調で歌い出す。一度聴けば忘れ難い、実に印象的な開始である。テキストの最初の2行が歌われた後、テノールが同じ歌詞を反覆するが、この旋律はきわめて柔らかく、印象的である。

II OFFERTOIRE

奉献唱(合唱とバリトン独唱) 死者の霊魂を地獄の罪から救いたまえと祈願する。アルトとテノールが短い旋律を3度のカノンで歌い、後にバスが加わって3声部となる。バリトン独唱が入り、最後は4部合唱で冒頭のカノンが明るく歌われる。

III SANCTUS

聖なるかな(合唱) 神への賛美が確信を持って歌われる。激しい表現ではないが、奥に秘めた力強さが光り輝く。

IV PIEJESU

ああイエズスよ(ソプラノ独唱) 死者の永遠の安息をイエズスに嘆願する。 ソプラノ独唱で歌われるこの曲は全曲中の白眉で、単純だが表情に富む旋律と柔らかい雰囲気は非常に印象的である。

V AGNUSDEI

神の子羊(合唱) 永遠の安息を神の子羊、すなわちキリストに祈願する。ヴァイオリンの美しい導入旋律、その上に歌い出されるテノールの旋律、いずれも優雅、清浄を極める。全声部の半音階の進行は繊細で、この上なく美しい。

VI LIBERA ME

われを救いたまえ(バリトン独唱と合唱) 最後の審判の日、終わりなき死からの救いを求める祈願。バリトン独唱が親しみやすい美しい旋律で歌い出し、合唱がそれを受ける。 最後は合唱が冒頭のバリトン独唱の旋律を反覆し、続いてバリトン独唱と合唱が「主よ、われを救いたまえ」と敬虔に祈って静かに終わる。

VII INPARADISUM

楽園にて(合唱) 楽園における死者の永遠の安息を祈願する。 分散和音の音型に乗ってソプラノが単純だが心に浸み入るような旋律を透明に歌い出し、他の3声部は控え目に加わる。 流麗な旋律は清澄を極め、最後に合唱がピアニシッシモで「レクィエム‥」と歌って全曲を閉じる。

 

オ ペ ラ 合 唱 名 曲 集

町田フィルハーモニー合唱団 安倍武明

 

マスカーニ「カヴァレリア・ルスチカーナ」から 開幕の合唱「オレンジの花は薫り」

「カヴァレリア・ルスチカーナ」(「田舎の騎士道」の意味)は、当時の流行であるヴェリズモ(現実主義)の作家であったヴェルガの、実話に基づいた小説を題材にした、ヴェリズモ様式オペラの最初の成功作であり、1890年にローマのコスタンツイ劇場で初演された。 ヴェリズモ様式とは、日常生活に根差した現実的な血生臭い台本に、強烈で直接的な劇的効果を生み出す単純明快な音楽を付けたもので、プッチーニやジョルダーノ等も影響を受けた。

幕開けに村人達が歌うのがこの合唱。 復活祭の穏やかな朝、牧歌的な雰囲気の中に情熱を秘め、村の二組の若い男女を巡ってやがて来る悲惨な結末を暗示するかのよう。

歌詞の大意

オレンジの花は薫り ひばりは歌う 

日はうららかに 人々はやさしい歌を囁く 

畑の中の黄金色の穂の間に機織る音が聞こえ 

俺達は疲れた手を休めてお前のことを思う 

俺達はお前をめがけて飛んで行くのだ

 

レオンカヴァルロ「道化師」第一幕から 「鐘の合唱」

「道化師」は、実際の事件に題材を取って作曲者自身が台本を書き、1892年にミラノのダル・ヴェルメ劇場で初演されて大成功を収めた。 ヴェリズモ様式の傑作で、旅芝居一座の劇中劇の中で主役が次第に現実との見境がつかなくなり、逆上して悲惨な結末に至るという巧妙な構成。

第一幕はイタリアのカラブリア地方のモンタルトの村はずれ

幕が上がると村人達の歓迎の合唱に迎えられて旅芝居の一座が到着。 座長のカニオが太鼓を叩いて今宵の芝居にぜひおいでくださいと口上を述べる。 役者のトニオが、カニオの妻ネッダにちょっかいを出してカニオにどやされる。 トニオはネッダに言い寄るつもりさと村人の一人がからかうと、カニオは血相を変えて、たちの悪い冗談はよせと言い、ネッダヘの熱い想いを歌う。 悲劇の原因がすでに見えている。 ここで村人達が陽気なこの合唱を掛け合いのように歌いながら教会に向かう。

歌詞の大意

夕べの祈りの鐘が鳴る 

娘達よ、若者達よ、組になって教会へ急ごう 

もう陽は山の項に口づけしようとしている 

母さん達が目を光らせているわ、気をつけてあなた達 

全てのものが恋の光に輝く 

でも爺さん達が大胆な恋人達を見張っている

 

ヴェルディ「トロヴァトーレ」第二幕第一場から 「ジプシー達の合唱」

「トロヴァトーレ」(「吟遊詩人」の意味)は、1853年にローマのアポロ劇場で初演され、全篇湧きかえる熱気と息もつかさぬ華麗な歌また歌の連続で、大当りを取った。 第二幕第一場はビスカヤ湾を望むジプシーの野営地。

ジプシー達が自分達の生活を示すこの合唱を冒頭で歌う。 この合唱は通称アンヴィルコーラスと呼ばれて親しまれているが、アンヴィルとは鍛冶屋が使う金床のことで、歌に調子を合わせてハンマーの音が調子良くトンテンカンテンと入るのでこの名がある。

歌詞の大意

見よ、夜が衣を脱いで、広大な天が姿を現してきた、 

それは喪が明けた寡婦がついに 黒服を脱ぎ捨てるかのように 

さあ、仕事だ、槌を打とう 

俺達ジプシーの日々を楽しくしてくれるのは誰だ 

ジプシーの娘達さ 

私に注いでおくれ、飲めば体と魂に力と勇気が湧いてくる 

これを見ろ、陽の光がおまえのグラスの中でいきいきと輝いている 

さあ、仕事だ、槌を打とう 

俺達ジプシーの日々を楽しくしてくれるのは誰だ 

ジプシーの娘達さ

 

マスカーニ「カヴァレリア・ルスチカーナ」から 間奏曲

このオペラは全一幕で、途中に有名な間奏曲が演奏される。 悲しみをたたえた旋律はどこまでも美しく、やがて来る悲劇を暗示させる。

ヴェルディ「シシリア島の夕べの祈り」第五幕から 「ありがとう、親しい友よ」

「シシリア島の夕べの祈り」(以前は「シシリアの晩祷」と表記されていた)は、「椿姫」に続いて1854年に作曲され、脚本はフランス語であった。 翌年パリで行われた世界博覧会記念としてパリのオペラ座における初演は大成功。 現在はミラノのスカラ座のためにイタリア語に訳された版が使用されている。 13世紀の末にシチリア島のバレルモで起こった島民のフランス統治への反抗暴動が題材。

表題曲の他、序曲、プロチダ(バス)のアリア「ああパレルモ」が有名。

第五幕はパレルモにあるシチリア総督モンフォルテの宮殿の大広間。島民が慕う前王家の末裔エレーナ公女が、恋人のアルリーゴ(始めは反抗の闘士であったが自分がモンフォルテの実子であることを知って悩む)と結婚することになり、その祝宴の場面。 貴族たちが集まり、少女たちがエレーナ公女に花束を捧げる。 公女は返礼として、華麗な装飾をちりばめたボレロ調のこのアリアを歌う。 しかし、華やかな雰囲気はここまでで、破局へと物語は突き進んで行く。

 

ビゼー「カルメン」第二幕から 「闘牛士の歌」

「カルメン」は、メリメの小説を基にした台本を用いた、スペインの地方色鮮やかなドラマと官能と情熱に溢れた古今のオペラ随一の人気作。 しかし、1875年にパリのオペラ・コミーク座で初演されたときは散々の不評であったと伝えられる。

第二幕は場末の酒場、リリャス・パスティア。 カルメンが仲間と「ジプシーの歌」を奔放に歌った後、取り巻き達と端爽と現れた人気闘牛士のエスカミーリョが景気良く歌うのが、誰でも知っている名旋律のこのアリア。

カルメンはエスカミーリョの男ぶりに惹かれ、第一幕で誘惑したドン・ホセから心が離れてゆくのが悲劇の発端となる。

 

ワーグナー「タンホイザー」第二幕から 「歌の殿堂」

「タンホイザー」は、ワーグナー自身が伝説に基づいて書いた台本を用い、1845年にドレスデンの宮廷劇場で初演された。禁断の地へ行った吟遊詩人の伝説と歌合戦の話とが合体されている。

 

第二幕はヴァルトブルグ城の大広間。領主ヘルマンの姪のエリーザベトが、愛する騎士タンホイザーが去って以来入ることがなかった大広間で、再び彼が戻って歌合戦に参加する喜びを歌う。 そこヘタンホイザーが入って来るが、エリーザベトからどこに行っていたのかと尋ねられ、実はヴェヌスベルクで女神ヴェーヌスと愛欲に耽っていた彼は真実を答えられず、遠い国々にとだけ答える。 そこへ有名な「大行進曲」に導かれて盛装した騎士や貴婦人達が入場し、大広間と領主ヘルマンを称えて歌うのがこの合唱である。

ヨ ー ゼ フ ・ ハ イ ド ン 「 小 オ ル ガ ン ミ サ 」

町田フィルハーモニー合唱団 安倍武明

 

ヨーゼフ・ハイドンはミサ曲を14曲作った。 最初の曲は16才、最後の曲は70才の時で、生涯にわたってミサ曲を作曲していたことになる。 中でも晩年の6曲、「ハイリッヒ・ミサ」、「戦時のミサ」、「ネルソンミサ」、「テレジアミサ」、「天地創造ミサ」、「管楽器ミサ」は秀作揃いである。

本日取り上げるミサ・ブレヴィス変ロ長調Hob.XX II-7は、「小オルガンミサ」という愛称で知られているが、小さいオルガンを使用するという意味ではない。 ハイドンにはやはりオルガンが多用されるミサ曲(Hob.XX II-4)があり、これと区別するために長い方を「大」、短い方を「小」としたのである。 小さいのはオルガンではなく、ミサ曲なのである。 なお、ハイドンが用いたオルガンは、彼のオルガンコンチェルトと同様に低音域を使用しないため、分類としてはすべて小オルガンに入ることになる。

この曲は、1775年頃、ハイドン45才の時エステルハージ家の本拠地アイゼンシュタットの「愛徳修道会」の教会のために作られた。 この教会は非常に小さかったので、オーケストラは小編成となり、オルガンはハイドン自身が演奏したと考えられている。 また、この教会の冬は大変寒かったため、短いミサ・ブレヴィスの形式となったと言われている。 気象条件が曲の長さを決めるというのも、考えてみれば肯ける話である。

グローリアとクレドは曲を短くするため、ミサ・ブレヴィスの手法であるポリテクスチュア(複歌詞)で書かれており、これがまたこの曲の特徴となっている。 オルガンは特にベネディクトゥスでソプラノソロと掛け合いで活躍する。

このミサは、正式名称"Missa brevis Sancti Joannis de Deo”の示すとおり、「愛徳修道会」の守護聖人である、1495年にポルトガルに生まれた聖人、ヨハネ・デ・デオのためのものである。 オーストリアの田園の中にひっそりとたたずむ小さな教会を思い起こしながら歌いたいミサである。

 

 

 

カ ー ル ・ オ ル フ 「 カ ル ミ ナ ・ ブ ラ ー ナ 」

町田フィルハーモニー合唱団 安倍武明

 

1803年、古い詩が書いてある古文書がドイツのババリア地方のボイレン(Beuren)の修道院で発見された。 ババリアアルプスの谷に抱かれた、少なくとも740年以前の設立の修道院である。 ラテン語、古ドイツ語、フランス語等で書かれている詩は13~14世紀の修道僧や吟遊詩人の作ということが分かり、「カルミナ・ブラーナ」(Carmina Burana)つまり「ボイレンの歌」と呼ばれることになる。 修道院にあったので、さぞ宗教的で俗事から離れた内容かと思うと全く違う。 生活、愛、女、酒など人生の悦楽をさまざまに官能的に歌ったものである。

作曲者カール・オルフは1935年にこの詩に出会い、狂喜してすぐに作曲に取り掛かった。 そのあまりにも赤裸々な内容と、そこに書かれた「車輪を持った運命の女神」に取り付かれたと述懐している。 オルフは全編中から24の詩を選び、第1曲は最終曲と歌詞を共通にして全25曲とした。 全体は「春に」、「居酒屋で」、「愛の告白」の3部に分かれ、それぞれ春、酒、愛を賛美しているが、第1部の前に置かれた「全世界の支配者、運命の女神」が最後にも現れて強烈にしめくくる。 演奏は、多彩な打楽器群を持つオーケストラとソプラノ、テノール、バリトンの各ソリスト、合唱団、児童合唱団という大編成で行われる。 初演は1937年、フランクフルトであったが、サブタイトルに「器楽の伴奏を持つ舞台上演用の世俗カンタータ」とあるように一種の舞台形式カンタータである。 オルフの意図は言葉、リズム、動きの融合であり、本来は舞台には衣装を付けた歌手と合唱団が配置され、歌の進行に応じて内容を象徴するバレエが演じられるものである。 通常の上演ではオルフの求めたものが反映していないのであるが、聞くところでは本場のドイツでも最近は予算難のため、バレエ付きの上演は滅多にないとのことである。

音楽としての形式は簡潔明解で、対位法はほとんど使われず、主題は展開されずに繰り返され、さまざまな打楽器が効果的に用いられてリズムの特性が強調されている。 オルフ独自の手法で書かれたこの曲は、現代音楽というよりはむしろ民族音楽に近く、平明な和声や単旋律、強烈なリズムが特徴である。歌も斉唱が多く、力強さと素朴さを強調しており、一度聴いたら体に染み付いてしまうような魅力がある。

カール・オルフは、1895年にミュンヘンで生まれ、1982年に同じくミュンヘンで亡くなったドイツの作曲家である。 4年前の1995年は生誕100年に当たり、彼の曲の演奏や録音の発売が相次いだ。この機会にカルミナ・ブラーナに接した方々も多いと思う。 オルフは教育家としても高名で、体操・舞踊・音楽の総合教育を目指して独自の教則本を作り、学校を開いた。彼の教育法はオルフ・メソッドとして、今では世界各国で行われており、日本の楽壇にも大きな影響を与えている。 教育に力を注いだためか、オルフの作品は多くはない。最も有名なものは「カルミナ・ブラーナ」で、これは「カトウーリ・カルミナ」、「アフロデイテの勝利」の三部作の第一部という位置付けである。 オペラには「オイディプス王」、「アンティゴネ」、「時の終りの劇」等がある。



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M P C

町田フィルハーモニー合唱団

Machida Philharmonic Chorus

E-mail: mpc@1995mpc.com