Vesperae solennes de confessore《証聖者の盛儀晩課》K.339

町田フィルハーモニー合唱団  安倍武明

 

ヴェスペレK.339の正式名称は、日本語では「証聖者の盛儀晩課」と言われるが、「聖者の荘厳晩課」とか「聴聞僧の夕べの祈り」と呼ばれることもある。Confessoreが「聖者」に当たるが、カトリック教会における聖人の称号の一つで、男性の聖人と福者であって殉教しなかった者を指す。solennesとは「荘厳(盛儀)ミサ Missa Solemnis」と同様で、通常より大がかりな祈りのことである。Vesperaは「夕方」の意味であるが、ここでは「晩課」を指す。晩課とはカトリック教会の晩の典礼のことで、晩課(午後6時頃)、晩堂課(午後9時頃)、夜半課(午前0時頃)、早課(午前3時頃)、一時課(午前6時頃)、三時課(午前9時頃)、六時課(正午頃)、九時課(午後3時頃)となる。教会暦では日没を一日の区切りとするため、晩課は一日の初めの祈りということになる。

 

つまりこの曲は「証聖者のために行う規模の大きな晩課」であり、名称が長すぎるので単に「ヴェスペレ」と呼ばれている。モーツァルトにももう一曲、K.321のヴェスペレがあるが、こちらはVesperae de Dominica《主日のための晩課》である。モーツァルトは音楽に無理解なコロレド大司教と不仲になり、1781年、25歳の時に生まれ故郷のザルツブルクを出てから二度と戻ることはなかった。この曲はザルツブルク時代の最後の教会音楽作品に当たる。自由になってからモーツァルトが書いた教会音楽は、ハ短調ミサ曲K.427とアヴェ・ヴェルム・コルプスK.618、そしてレクイエムK.626の3曲だけであった。凝縮された感情表現は次々に移り変わり、Laudate Dominumのソプラノソロの美しさはたとえようもない。

 

紛れもない傑作であるが、日本での全曲の演奏機会にはあまり恵まれないようである。アルフレート・アインシュタインは著書「モーツァルト」でこの曲について、「モーツァルトのこのような楽曲を知らない者は、モーツァルトを知る者とは言えない」と断言している。編成はトランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、ヴァイオリン2部、チェロ、ファゴット、コントラバス、オルガン、ソプラノ・アルト・テノール・バスの各ソリストと合唱であり、ヴィオラを欠く。ファゴットはLaudate Dominumでソプラノソロのオブリガートとして使われている。

 

曲は次の6つの部分から成っている。

 

 “Dixit” Allegro vivace 主は言われる(詩篇第110)

 前奏なしでハ長調の和音から快活に始まる。ソロは後半に短時間出てくるだけである。

 

 “Confitebor” Allegro 主を褒めまつる(詩篇第111)

 合唱がユニゾンで始まるが、これは実際の詩篇唱を模している。合唱とソロが入り交じって鮮やかな構成を示す。ソロはソプラノが主役となる。

 

 “Beatus vir” Allegro vivace  幸いなるかな(詩篇第112)

 喜悦に満ちた力強い音型で始まる。合唱パートにそれぞれ現れる上昇音型が印象的。ソプラノソロにイタリア風のコロラチュラが現れて華麗さを加える。

 

 “Laudate pueri” 褒め称えよ、主のしもべたちよ(詩篇第113)

 フーガの技巧を凝らした傑作である。最初のフーガ主題はバス、テノール、アルト、ソプラノと上がって行くが、地から天に向かう賛美の声を連想させる。やがて新たな下降音型の主題が現れ、それからフーガではなくホモフォニックな音型となる。やがてまたフーガとなるが、今度は二つの主題が二重フーガとして現れる。いろいろな展開を経て、最後はホモフォニーとフーガが渾然となった感動的な”Amen”に至る。

 

 “Laudate Dominum” Andante ma un poco sostenuto  主を褒め称えよ(詩篇第117)

 美しいことこの上ないソプラノソロを含み、単独で演奏されることも多い。ゆったりとソプラノソロが歌い出し、合唱が静かに引き継ぐ。最後にソプラノソロが合唱に乗って歌う”Amen”は感動に満ちている。

 

 “Magnificat” Adagio~Allegro  我が心は主を崇め(ルカ伝による福音書第1章46~55)

 アダジオの序奏に続いてアレグロで主部をソプラノソロから開始する。やがて全声部が加わり、祝祭の気分を充分に漂わせながら力強く全曲を閉じる。

 

 

ブルックナーのミサ曲第3番 ヘ短調

町田フィルハーモニー合唱団  安倍武明

 

ヨーゼフ・アントン・ブルックナーは1824年にオーストリアのリンツに近い小さな村、アンスフェルデンで生まれた。父は学校長兼オルガニストであったが、幼少から才を示した彼は10歳になる頃には父に代わって教会でオルガンを弾いたと言われる。11歳になるとリンツに近いヘルシングのオルガニストであったヨハン・パプティスト・ヴァイスの元に預けられて本格的な音楽教育を受けるようになるが12歳で父を亡くし、ザンクト・フローリアン修道院の聖歌隊に入る。この壮麗なバロック様式の大修道院に設置された大オルガンと合唱の響きが音楽家ブルックナーの原点となった。

リンツで教員養成所に通って小学校の補助教員の資格を得、小さな村の補助教員になったが、21歳になった時に古巣のザンクト・フローリアン修道院に欠員ができて戻ることになり、依然として補助教員ではあったが毎日オルガンを弾き、勉強を重ねた。作曲を始めたのはこのころである。やがて専任オルガニストが転勤となり、彼は臨時オルガニスト、続いて専任オルガニストに任ぜられ、音楽好きの補助教員は27歳で音楽家となったのであった。

ブルックナーはこの時期に「レクイエム」「リベラ・メ」「ミサ・ソレムニス」等の声楽曲を作っており、これらの作品が評価されて、31歳になってウィーンの高名な音楽理論家のジモン・ゼヒターのもとで学ぶことになった。しかし、ウィーンには行かずにザンクト・フローリアンにとどまったままゼヒターからは通信教育を受けたのである。その後リンツの大聖堂のオルガニストに就任した彼は多忙の中、6年間に及ぶ勉学を終え、たまたまリンツで行われたワーグナーの「タンホイザー」初演に強い衝撃を受けて、いよいよ管弦楽曲の創作に取り組むことになる。交響曲第1番を完成したときにはすでに41歳になっていた。

ゼヒターが亡くなり、彼はその後任として44歳でウィーン音楽院の教授に就任した。リンツ時代を締めくくる大作こそ、ゼヒターの死後わずか4日後に着手されたこの「ミサ曲第3番ヘ短調」である。教会音楽家ブルックナーの集大成であり、ウィーンにおける交響曲作家としての未来を予言するものとなった。彼は1896年に72歳で世を去るまでの28年間をウィーンで過ごし、交響曲第2番から第9番までの8曲を作曲することになる。

ブルックナーのミサ曲は1864年に書かれた第1番、1866年に書かれた第2番、1869年に完成したこの第3番の3曲で、これ以降はない。初演は1872年にウィーンで作曲家自身の指揮で行われた。ちなみに、日本初演は1958年、前田幸市郎指揮、学習院合唱団と東京合唱団、東京交響楽団他であった。

古今のあらゆるミサ曲の中で、最大傑作の一つは明らかにブルックナーの「ミサ曲第3番」である、と言われることがある。初演の際に合唱指揮を担当したヨハン・ヘルベックは練習中にこの曲の重厚さに極度の感動を受け、そのあまり指揮台上に倒れたと言われている。演奏終了後にヘルベックはブルックナーを抱きしめて「私の知る最高のミサ曲は、この曲とベートーヴェンのミサ・ソレムニスだ」と語ったとも伝えられる。この曲には4人のソリストも加わるが主体となるのは合唱で、ソロも華やかさを示すことなく全体の堅固な構造に溶け込んでいる。合唱も管弦楽もすべて内面的な心の感動を表現すべく書かれており、世俗的な劇的要素はまったくない。合唱はユニゾンを多用し、ア・カペラになる部分があるのも特徴の一つである。

オーケストラの編成はフルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、ヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、オルガン、ソプラノ・アルト・テノール・バスの各ソリストと合唱という大きなものである。

 

曲は次の6つの部分から成っている。

“Kyrie” Moderato

 瞑想に満ちた下降音型で前奏が開始され、やがて女声が、続いて男声が加わって”Kyrie”と歌い出す。緊張が高まってソリストを交えて”Christe”と歌い、ヴァイオリンソロが美しく彩る。この二つの音型が絡み合い、やがてppでア・カペラの”Kyrie”になるが、激しいffとなって感情を高め、またppに帰って静かに終わる。

“Gloria” Allegro

冒頭からいきなり“Gloria!”と歌い出し、神の栄光を賛美する。やがてソプラノソロが美しく”Gratias agimus tibi”を歌い、合唱も応える。やがてAdagioの中間部となって” Qui tollis peccata mundi”を歌い、様々な転調を経て一段落すると、もとのテンポに戻ってソプラノソロがリードして”Quoniam tu solus Sanctus”と歌い、”Jesu Christe”をppで歌うが、壮大なffで”in Gloria Dei Patris”となり、ppに戻って一段落する。次いでテノール、アルト、ソプラノ、バスの順に”in Gloria Dei Patris amen”と入るフーガとなり、感情の高揚と共に”Amen!”の大合唱となってこの章を閉じる。

“Credo” Allegro

全曲の中心となる、最も充実した部分である。冒頭から”Credo in unum Deum”と高らかに歌い出す。Moderato misteriosoになってテノールソロが”Et incarnatus est”と主の降誕を神秘的に歌い、女声合唱が時々応える。ヴァイオリンとヴィオラのソロが彩りを添える。テンポは更に遅くなり、バスソロが合唱と共に”Crucifixus etiam pro nobis”と主が十字架に付けられて苦しみを歌うが、やがてAllegroとなって歓喜に満ちて” Et resurrexit tertia die”と主の復活を歓喜に満ちて歌う。やがて最初のテンポに帰り、合唱が冒頭の音型で”Et in Spiritum Sanctum”と高らかに歌うが、次の場面ではソリストがソプラノ、アルト、テノール、バスの順で”qui qum Patre et Filio”と入ってくる。合唱が引き継ぎ、やがて”et expecto resurrectionem mortuorum”に至るが、ソプラノ、バス、テノール、アルトの順に”et vitam venturi saeculi Amen”という主題のフーガに突入する。各声部のフーガ主題は全声部の”Credo Credo”で補強される。やがていったん停止すると、ppのティンパニに導かれて今度はホモフォニー的に”et vitam venturi saeculi Amen”を歌い、ソプラノソロが”Amen”を歌い出してバスソロも対位的に加わって、全合唱が高らかに”Amen”を唱えて感動的にこの章を結ぶ。

“Sanctus” Moderato

 導入の1小節に続いて女声が”Sanctus”と歌うと男声が応える。やがてテンポが上がり、全合唱の”Pleni sunt coeli et terra”となり、ソロを部分的に伴いながら最後は全合唱で力強く”Hosanna in excelsis”と歌い収める。

“Benedictus” Allegro moderato

 長い穏やかな表情の前奏に続いてソロがアルト、ソプラノ、テノール、バスの順に” Benedictus qui venit in Domini”と歌い始め、合唱は女声、テノール、バスの順に唱和する。再びソロになり、テノール、バスが歌詞を繰り返す。続いてソプラノソロがメリスマで美しく歌うと、女声が応える。役割を変えて同じ歌詞を歌ってからLargoになって” Benedictus”を歌うが、活気に満ちたAllegroとなり、ソロが”Hosanna in excelsis”を歌って合唱に渡すと高揚して歌い収める。

“Agnus Dei” Andante

 瞑想的な導入部に続いてまず女声が、続いて男声が入って“Agnus Dei qui tollis peccata mundi”を歌い、続いてソロが4人で”miserere nobis”を歌うが、合唱に移って力強い結びの形になるが、やがて”Dona nobis pacem”で壮大なクライマックスを築き、次第に収まって穏やかな内省的な終結に至って、この大曲の終結となる。 

 

ヨ ー ゼ フ ・ ハ イ ド ン 「 四季」

町田フィルハーモニー合唱団 安倍武明

 

ヨーゼフ・ハイドン(1732~1809)はオラトリオを4曲書いている。「トビアの帰還(1775)」、「十字架上のキリストの最後の7つの言葉(1796)」、そして晩年の二大オラトリオ、「天地創造(1798)」と「四季(1801)である。「天地創造」は当団も第9回演奏会で演奏したが、今回はハイドン最晩年の傑作である「四季」を取り上げる。 「天地創造」の大成功を受けて、その台本作家ヴァン・スヴィーテンとハイドンのコンビは新しいオラトリオを創作することにした。「天地創造」では神が天使と共に天地を創造する様を描いたが、今度は地上の農民の生活を描くことにし、スヴィーテンが題材としたのは、スコットランドの詩人トムスンの叙事詩「四季」のドイツ語訳であった。スヴィーテンはこれをそのまま用いたのではなく、他の詩人の詩や自分自身の詩も加え、舞台をオーストリアの農村に移して台本を作ったのである。

オラトリオ「四季」は、春・夏・秋・冬の四部分から成り、ソリストには小作人シモン(バス)、その娘ハンネ(ソプラノ)、その恋人の農夫ルーカス(テノール)の役が割り当てられ、自然の中の生き生きとした農民の生活を通して、神への深い感謝を歌って行くのである。 私的な初演は1801年4月24日に、公開の初演は1801年5月29日にウィーンで行われた。初演後の反響では台本について批判もあったというが、晩年のハイドンが死力を尽くしたこの大作はやがて大好評で世に迎えられ、ハイドンの代表作となるのである。オラトリオというと聖書や神の物語が主体である中で、このように身近な農民の暮らしを題材とした曲は類例がないものであったろう。オペラブッファの要素を持つ明るいユーモラスな曲想と、深い精神性を併せ持つこの曲は、「天地創造」と並んでハイドンの音楽の総決算と言える地位にある。

以下、演奏で使用するPeters版に従っている。

第1曲

緊迫した表情の序曲に続いて、ハンネ、ルーカス、シモンが、冬が去って、春が訪れる嬉しさを交々語って行く。

第2曲

春の訪れを喜ぶ農民達の合唱。日本語の歌詞を付けて「来よ、のどけき春」の題名で、以前から我が国でも親しまれている。

第3曲

早春の田園風景を語る、シモンのレシタティーフ。

第4曲

畑仕事にいそしむ農夫を歌うシモンのアリア。管弦楽にハイドンの「驚愕交響曲」の有名な主題が現れる。

第5曲

仕事を終えた農夫が祈りを捧げる姿を語る、ルーカスの短いレシタティーフ。

第6曲

ルーカスが恵みの雨を願う祈りの歌を歌い始め、合唱、シモン、ハンネも加わる。後半は一転してアルトから始まるフーガとなり、天への感謝と賛美を歌う。

第7曲

農民の願いが聞き届けられたことを語る、ハンネのレシタティーフ。

第8曲

ハンネが美しい野を歩こう、と歌い出し、三重唱と合唱で緑の森、牧場や草原等の美しい自然を描写し、主への感謝の声を高らかに歌う。仔羊、魚の群れ、蜜蜂、小鳥などが管弦楽で描写される。

第9曲

管弦楽が力強く鳴り渡り、合唱と三重唱が堂々と、永遠で力強い慈悲深い神よ!と賛美する。やがてバスから始まるフーガとなって、誉れと尊敬と賛美が神にあれ!と力強く歌って「春」を結ぶ。

第10曲

夜明けを表す序奏に続いて、ルーカスがふくろうの声と共に夜が明けてくる情景を歌い、鶏の声で農民が目覚める情景をシモンが歌う。

第11曲

シモンが羊を追いながら日の出を待つ羊飼いの姿を歌うと、ハンネが朝焼けの光景を語る。

第12曲

ハンネ、ルーカス、シモンが半音階の上昇音型で日の出の様を歌い、合唱が高らかに太陽を賛美する。三重唱が神への感謝を歌い、再び合唱が太陽への賛美を歌う。

第13曲

シモンがレシタティーフで忙しく働く農民の様を語り、ルーカスが燃えるような真昼の太陽の様を語る。

第14曲

ルーカスが、厳しい暑さに生気を失った自然と生き物の情景を歌うカヴァティーナ。

第15曲

ハンネのレシタティーフで、木陰や木々のざわめきなどの情景を語る。管弦楽は、小川のせせらぎ、虫の羽音、羊飼いの笛などを描写する。

第16曲

ハンネのアリア。木陰や微風に癒される様を歌い、後半では速いテンポで喜びの感情を華やかに歌う。

第17曲

嵐の襲来をシモン、ルーカス、ハンネが語るレシタティーフ。管弦楽は雷鳴と不穏な雲の動きを描写する。

第18曲

いよいよ嵐がやってくる。合唱だけの曲。人々は怖れ逃げまどい、ただ神に祈る。管弦楽は、吹き荒れる嵐と雷鳴と稲妻を活写する。

第19曲

ルーカス、ハンネ、シモンが、鶉やこおろぎや蛙の鳴き声を表現する管弦楽と共に、田園の夕暮れをかわるがわる歌って行く。合唱が仕事を終えて家路を辿る農民たちの姿を楽しげに歌って、第二部「夏」を結ぶ。

第20曲

序奏に続いて、ハンネが豊作の秋の訪れを語る。

第21曲

ルーカスに続いてシモンが、豊かな稔りの喜びを語るレシタティーフ。

第22曲

シモンに続いてハンネ、ルーカス、そして合唱がすべての幸福の源となる勤労を讃える。後半はバスから歌い出すフーガになる。

第23曲

恋の場面になる。ハンネ、シモン、ルーカスが、若者たちが果物を収穫する様を語るレシタティーフ。

第24曲

恋人同士のルーカスとハンネの甘い情熱的な二重唱。

第25曲

狩りの場面になる。シモンの、畑を荒らす鳥や獣を退治するため狩りに出かける心境を語るレシタティーフ。

第26曲 合唱

シモンのアリア。猟犬が鳥を追い出し、鉄砲で撃ち落とす様を管弦楽の描写と共に歌う。

第27曲

ルーカスが野兎を狩る様を語るレシタティーフ。

第28曲

ホルンが高らかに鳴り渡り、勇壮な鹿狩りの合唱となる。村人総掛かりで猟犬と共に鹿を追いつめ、ついに射止めて勝どきを上げる。

第29曲

狩りの後の陽気な酒盛りの場面。ハンネ、シモン、ルーカスが、村人たちがぶどうを摘んで楽しげにワイン造りに精を出す様を語るレシタティーフ。

第30曲

豊作を祝う賑やかな大宴会の合唱。喜びの裡に「秋」を結ぶ。

第31曲

冬の始まりを表す序奏に続く、シモンとハンネの冬の到来を告げるレシタティーフ。

第32曲

暗くて長い夜が続く陰気な冬を歌うハンネのカヴァティーナ。

第33曲

厳しい寒さで活気を失った自然を語るルーカスのレシタティーフ。

第34曲

道に迷った旅人が田舎屋の灯りを見つけ、やれ嬉しやと進んで行く様を歌うルーカスのアリア。

第35曲 レチタティーフ

ルーカス、ハンネ、シモンのレシタティーフで、旅人が辿り着いた田舎屋に村人が集まり、おしゃべりしたり、手仕事をしたり、娘たちが糸紡ぎに励む様を語る。

第36曲

ハンネと女声合唱の掛け合いで、糸車を表す管弦楽に乗って乙女心を織り込んだ紡ぎ歌を歌う。

第37曲

糸紡ぎが終わり、人々がハンネを囲んで歌を催促する、ルーカスのレシタティーフ。

第38曲

ハンネが、賢い村娘と間抜けな貴族の話を歌い、合唱が合いの手を入れて大笑いする。

第39曲

冬の厳しさを語るシモンのレシタティーフ。

第40曲

シモンのレシタティーフとアリア。人生の冬においては、希望も幸福も失い、残るのは美徳だけだと歌う。

第41曲

三重唱と二群の合唱団が交互に神の至福を称え、バスから始まる、神から力と勇気を授かるようにと願う壮大なフーガに至って、力強く全曲を閉じる。

 

第16回演奏会の曲目について

町田フィルハーモニー合唱団 安倍武明

 

第一部は祝祭の気分で選曲してみました

幕開けはヨハン・ゼバスティアン・バッハのオルガン曲中で最も有名なトッカータとフーガ ニ短調BWV565です。「トッカータとフーガ」は曲の名前ではなく、曲の形式です。トッカータとは、主に鍵盤楽器による、速いパッセージや細かな音形の変化などを伴った即興的な楽曲で、技巧的な表現が特徴です。それに続いてフーガがあるので、こう呼ばれるわけです。数多いバッハのオルガン曲のなかでも特に人気の高い作品のひとつでドラマの音楽やCMに使われるほどポピュラーですが、そのきっかけとなったのはディズニー映画の「ファンタジア」でしょう。これにはレオポルド・ストコフスキー編曲の管弦楽版が使われました。

続くのはモーツァルトの戴冠ミサ曲ハ長調K.317です。「戴冠ミサ曲」は君主の戴冠式という晴れの舞台で演奏されるミサ曲ですが、この曲は元々ザルツブルク近郊の教会の戴冠聖母像のために作曲された曲だそうです。その後、プラハで行なわれたレオポルト二世の戴冠式でアントニオ・サリエリが指揮して演奏され、それ以来「戴冠ミサ曲」として定着しました。サリエリと言えば、モーツァルトと敵対し、彼を毒殺したという噂さえありましたが、それが事実ならわざわざ指揮を買って出ることはなかったでしょう。 曲はキリエ、グローリア、クレド、サンクトゥス、ベネディクトゥス、アニュス・デイの六つの部分に分かれ、ソプラノ、アルト、テノール、バスの4人のソリストが加わります。ソロのパートと合唱のパートが重ならないように書かれているので、元々は合唱団の団員がソロを歌ったものと思われます。

第二部はオペラなどからソロと合唱のシーンを集めました。

まずはハイドンのオラトリオ「四季」の「冬」より、「糸紡ぎの合唱」です。冬の夜、娘たちが集まって紡ぎ車の回転に合わせて歌います。それに村娘のハンネ(ソプラノ)が加わって、お祭りに着るヴェールにするのだから細くて良い糸を紡いで、柔らかくきれいに織ってください、と歌います。最後は一同で、外は艶やか、内は清らか、勤勉で信心深く、しとやかに、それが誠実な求婚者を呼ぶのです、と歌い納めます。糸紡ぎに優れた娘は良縁に恵まれたことでしょう。

続くのはワーグナーのオペラ「さまよえるオランダ人」第二幕の「糸紡ぎの合唱」です。合唱が糸車の音を模倣していること、女声ソリストが加わることなど、ハイドンの作品によく似ていますから、ワーグナーはハイドンの曲を参考にしたのではないでしょうか。しかし、明るく穏やかな「四季」に対し、幽霊船の伝説に基づく「さまよえるオランダ人」は緊迫に満ちています。オランダ人は神を呪ったために永久に死ぬことなく海をさまよう罰を受けているのですが、乙女の愛だけがその罰を解くことができるのです。第二幕は船長ダーラントの家で、娘たちが糸を紡ぎながら、ダーラントの娘のゼンタの乳母であるマリー(メゾソプラノ)とかけあいで海に出ている恋人を思いながら「糸紡ぎの合唱」を歌います。マリーはゼンタが物思いに沈んでいるのを見とがめて、どうして歌わないのかと問い詰めます。娘たちは、ゼンタの恋人は漁師ではなく狩人なので、待つ必要はないのだ、と笑い転げます。ゼンタはダーラントが連れてきたオランダ人に会うとたちまち引きつけられ、彼に永久の誠を誓います。第三幕の幕切れでは、ゼンタはオランダ人への終生の貞節を誓って海に身を投げ、二人は抱擁しながら昇天するのです。

ここでソプラノのソロが入ります。モーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」の第三幕で伯爵夫人が歌う「あの楽しい思い出はどこに」です。以前は愛情を一杯身に受けていたのに、あの甘く楽しい思い出はどこに行ってしまったのだろう、と伯爵の心変わりを嘆きますが、途中でテンポが変わり、私のひたむきな思いが薄情なあの人に伝わって、その心を変える望みが現れれば!と波立つ胸の内を歌います。出だしのメロディに聞き覚えがありませんか?そうです、戴冠ミサ曲のアニュス・デイのソプラノソロの出だしとそっくりなのです。モーツァルトにとっては宗教的なものと世俗的なものの間に垣根などなかったのでしょう。

続いてはドイツの民話に基づくウェーバーのオペラ「魔弾の射手」第三幕から2曲です。狩人のマックスは射撃大会で優勝しないと恋人のアガーテと結婚できません。不調なマックスに狩人仲間のカスパールが、深夜に狼谷に来れば勝つ方法を教えてやると誘います。カスパールは悪魔ザミエルと契約をしているのです。マックスはアガーテの止めるのも振り切って狼谷に向かいます。カスパールはマックスの命と引き替えに契約の延長と魔弾の製造をザミエルに依頼するのですが、その弾丸とは7発中6発は射手の思うところに必ず命中し、残りの1発は悪魔の望むところに命中するというものなのでした。マックスはカスパールと魔弾を鋳造します。第三幕では、射撃大会でマックスは魔弾の威力ですべての的に命中させ、最後の1発を残すのみになります。アガーテの部屋では、不吉な夢を見て不安げな花嫁衣装の彼女の前に花娘たちが現れて、「花嫁のために冠を」(婚礼の合唱)をソロと合唱で歌い、愛の喜びを称えます。射撃大会では、領主の前で狩人たちが狩りの楽しみを称える「狩人の喜びは」(狩人の合唱)を高らかに歌います。領主はマックスに白い鳩を撃つように命じ、マックスが銃を構えた時にアガーテが飛び出して、撃たないでと叫ぶのですが、マックスは引き金を引いてしまいます。倒れたのはカスパールとアガーテでした。アガーテは森の隠者からもらった白いバラの冠をかぶっていたおかげで弾は逸れ、カスパールに命中したのです。アガーテは失神しただけでした。事の次第を知った領主は激怒してマックスの追放を命じますが、そこに隠者が現れて領主を諭し、1年間の謹慎として結婚式はそれまで待つということになりました。一同は神の恵みに感謝して幕となります。

次はマスカーニのオペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」から2曲です。「田舎の騎士道」という意味のこのオペラは、実際にシシリアで起こった事件が題材と言われています。復活祭の朝、村人たちが広場に集まって「オレンジの花は香り」で美しい自然の中での生活を歌って教会に入ります。村の若者トゥリッドゥ(テノール)は村娘サントゥッツァと恋仲でしたが、昔の恋人で今では馬車屋のアルフィオの妻となっているローラ(メゾソプラノ)と縒りを戻しているのです。サントゥッツァは怒りのあまり、アルフィオにそのことを告げてしまいます。ミサを終えて教会から出てきた村人たちは合唱「家に帰ろう」を歌いますが、トゥリッドゥは一杯やろうと村人とローラを引き留め、陽気な「乾杯の歌」を歌ってワインを称えます。そこにアルフィオが現れ、口論の末トゥリッドゥと決闘することになってしまうのです。

続くは皆様もよくご存じのビゼーのオペラ「カルメン」から2曲です。カルメン(メゾソプラノ)は煙草工場の女工なのですが、第一幕で女工や男たちを従えて艶然と「ハバネラ」を歌います。第二幕で闘牛士のエスカミーリョ(バリトン)が、密輸団に加わったカルメンや仲間のフラスキータやメルセデス、取り巻きたちと「闘牛士の歌」を颯爽と歌います。

終演時間が近づいてきました。「カルメン」と同じほど有名で皆様もご存じの華やかな曲でお開きといたしましょう。ヴェルディのオペラ「椿姫」第一幕から「乾杯の歌」です。幕開けはヴィオレッタ(ソプラノ)の客間での華やかな夜会で、地方から出てきた純朴な青年アルフレード(テノール)がヴィオレッタへの熱い思いを打ち明けますが、ヴィオレッタは一同と快楽を賛美して軽く受け流します。  いかがでしたでしょうか?これで本日の演奏会はおしまいです。

 

 

 

ブ ラ ー ム ス 「 ド イ ツ レ ク イ エ ム 」

町田フィルハーモニー合唱団 安倍武明

ドイツ・レクィエムとはドイツ語を歌詞とするレクィエムを意味する。 レクィエム、即ち「死者のためのミサ曲」は一般にはラテン語の歌詞に付曲されており、カトリック教会で葬儀の際に歌われるものであるが、この曲は純粋に演奏会用の作品であり、歌詞はプロテスタントであるブラームス自身が、ルターのドイツ語訳の新約、旧約聖書から選びだしたものなのである。 型破りのこの曲は初演時には物議を醸したが、ついに大成功を得て、35才のブラームスの出世作、また代表作ともなった。 その音楽の深さは、単にドイツ語によるドイツ人のためのレクィエムに止どまらず、人類普遍の命題に激しく迫ってくるものがある。 この曲に接するたびに魂を揺り動かされるような感動を覚えるのは正にそのためだろう。

全部で7曲からなるが、第2曲が全曲の中で最も早く書かれている。 1859年に別の曲であるカンタータの一部として書かれたのだが、実は1857年にピアノ協奏曲第1番のスケルツォ楽章として作られ、結局は使われなかったものということだ。 全曲の完成は1868年だから実に12年を要したことになる。

 

第1曲 ヘ長調

コントラバスの低奏でゆっくりと重々しく始まる。 第1曲ではヴァイオリン、ピッコロ、クラリネット、トランペット等の華麗な楽器をブラームスは使っていない。 合唱の冒頭、"Selig sind…"の"F-A-B"の音形は全曲を支配するもの。 「悲しんでいる人たちはさいわいである…」

「涙をもって種蒔く者は・・・」は変ニ長調となって男声から歌いだす。 後半の上行する音形が印象的だ。 続いてバス、テノール、アルト、ソプラノの順に「種を携え、涙を流して出て行く者は…」と歌ってから冒頭の部分が再現する。 最後は「慰められるであろう」を各声部が呼び交わし、ピアニッシモで、ハープのアルペッジョと共に消えてゆくように終わる。

 

第2曲 変ロ短調

低弦とファゴットに続いて全楽器が非常に印象的な葬送行進曲風の悲痛な旋律を奏でる。 ティンパニの連打はベートーヴェンの第5交響曲の冒頭の動機を連想させる。

やがて冒頭の旋律に乗って合唱が歌いだす。 「人はみな草のごとく、その栄華はみな草の花に似ている。・・・」トリオは変ト長調。 対照的に花園に遊ぶように柔らかく美しい。 フルートとハープが雨を示すかのようにスタッカートで優しく寄り添う。

変ロ長調になり、トロンボーンが鳴り響いて「しかし、主の言葉は、とこしえに残る」と荘重に歌い、バスが「主にあがなわれた者は、帰ってきてとこしえの喜びをいただき・・・」と力強く歌いだす。

これからは精妙な対位法による綾織となって、ついにフォルティッシモに達するが、すぐにピアノからピアニッシモになる。 テノール、バス、アルト、ソプラノの順に「とこしえの喜び」と歌い、やがて長いクレッシェンドで喜びを爆発させ、最後はピアニニッシモで閉じる。

 

第3曲 ニ短調

充実した構成で全曲の中心と言える。 バリトン独唱が人の悩みを代表して神に問い、合唱はそれに和するが、最後には悩みを乗り越えて確固たる信念と歓喜に至る。

独唱が「主よ、わが終りとわが日の数のどれほどであるかをわたしに知らせ・・・」と人生最大の疑問と悩みを悲痛に歌うと、合唱はそれを引き継ぐ。 続いて独唱が「見よ、あなたはわたしの日をつかのまとされました・・・」と歌い、合唱がそれを受けて「主よ、わが終りと・・・」を繰り返す。

独唱は「まことに、すべての人はその盛んなときでも息にすぎません…」と訴え、合唱も続く。 すると独唱は「主よ、今わたしは何を待ち望みましょう」と問い、合唱はフガートでこれを繰り返す。 フェルマータの後でニ長調になり、「わたしの望みはあなたにあります」と明るく信念を披瀝し、クレッシェンドに続いて壮大で輝かしいフーガへと滑り込む。

「正しい者の魂は神の御手にあって、いかなる責苦も彼らに届くことはない」と決然とした上行音形でテノール、アルト、ソプラノ、バスの順に主題が示される。

 

第4曲 変ホ長調

第3曲の歓喜の爆発の後で、この曲は穏やかさが満ちている。 旋律も優しく、ことのほか美しい。「万軍の主よ、あなたのすまいはなんと麗しいことでしょう」としなやかな旋律を歌いだすが、やがて、テノールが別の旋律で同じ歌詞を歌う。 バス、女声と入ってカノンとなり、「わが魂は」で同時進行となるが、バス、テノール、アルト、ソプラノと低声部から音を重ねて「絶えいるばかりに主の大庭を慕い、・・・」と法悦の境地を吐露する。 最初の歌詞が再現し、続いて「あなたの家に住み」をピアノからフォルテまで強めて行き、「常にあなたをほめたたえる人は幸いです」の二重フガートとなって頂点に達する。 高ぶった心を抑えるようにディミニュエンドして、ピアノで「万軍の主よ・・・」を歌って満ち足りたように結ぶ。

 

第5曲 ト長調

ソプラノ独唱が入る。ブラームスの母親は1865年に死去した。 これがドイツ・レクィエム完成の動機の一つとなったと考えられているが、母親の追慕にふさわしい、美しい曲である。

独唱が「このように、あなたがたにも今は不安がある。 しかし、わたしは再びあなたがたと会うであろう・・・」と静かに歌いはじめる。

合唱が「母のその子を慰めるように、わたしもあなたがたを慰める」と受ける。 独唱は変ロ長調となって「眼をもって見よ。いかに私が少なく労して・・・」と歌い、独唱と合唱は歌い交わしながら、憧れと慰めに満ちて静かに曲を閉じる。

第6曲 ハ短調

通常のレクイエムの、最後の審判の恐怖を歌う「怒りの日」がこの部分にあたるが、ブラームスは派手に恐怖を強調するのではなく、死に対する生の勝利を高々と歌い上げ、主への賛歌の大フーガへと突き進む。 そこにはまさしくブラームスの心情の吐露が満ち溢れている。

合唱が「この地上には永遠の都はない。きたらんとする都こそ、・・・」とひそやかに、しかし決然と歌いだす。 そこへバリトン独唱が神の啓示のように神秘的に響く。 「ここで、あなたがたに奥義を告げよう。わたしたちすべては、眠り続けるのではない。終りのラッパの響きと共に、・・・」合唱も短く加わりながら進み、「終りのラッパ」で全管弦楽と合唱はフォルティッシモのハ短調の和音に至る。 弦楽器が上行に続いて崩れ落ちるように下行すると、「というのは、ラッパが響いて、死人が朽ちない者によみがえらされ、・・・」と高々と死者の復活を歌う。 独唱が静かに威厳を持って「そのとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである」と歌い、続いて合唱が「死は勝利に呑まれてしまった。・・・」と力の限り歌って頂点に達し、ついにハ長調、アレグロでゴシック建築の大伽藍を思わす壮大な大フーガに突入する。

「われらの主なる神よ、あなたこそは、栄光とほまれと力とを受けるのにふさわしい方」という堂々たる主題がアルト、ソプラノ、バス、テノールの順に現れ、最後はピアノからクレッシェンドして歓喜の中に終わる。

 

第7曲 ヘ長調

 

昇天した人々の永遠のやすらぎと、残された者への慰めを歌う。 ソプラノが「今から後、主にあって死ぬものはさいわいである」と浄化されたように歌いだし、バスが続く。 管弦楽の万感に満ちたような間奏を挟んで、合唱のソプラノ以外のユニゾンが「御霊も言う」とつぶやく。 「主にあって死ぬものはさいわいである」が何度も繰り返され、ピアニッシモでひそやかに、充足され浄化された想いを「さいわいである」という語に託すると、第1曲と同様にハープの静謐なアルペッジョが全曲の終りを告げる。

 

 ブラームス 「哀悼の歌」

町田フィルハーモニー合唱団 安倍武明

 

 ブラームスの「哀悼の歌」の原題は“Nänie”であるが、特定の曲を示すものではない。ラテン語の“nenia”(挽歌)に由来し、古代ローマで人の死に際して哀悼を表す歌として捧げられた作品群のことである。ドイツ語では”Klagegesang”、つまり「悲しみの歌」であり、日本語では「哀歌」とか「哀悼歌」とか「悲歌」とか呼ばれているが、ここでは「哀悼の歌」とした。この曲は詩人、歴史学者、劇作家、思想家であり、なによりもベートーヴェンの第九交響曲の終楽章の詩で著名なフリードリッヒ・フォン・シラーの詩に拠っている。ブラームスの親友で画家のアンセルム・フォイヤーバッハの死を悼んで1880年~1881年に作曲された。ギリシャ神話を援用し、美しい者も強い者も死を免れないが、歌によって生命は 浄化されると語るシラーの詩に呼応して、ブラームスの音楽は繊細で、絶望や嘆きではなく霊魂の不滅を信じる明るさや力強さに溢れている。シラーが用いたギリシャ神話は、①オルフェウスとエウリュデーケ②アフロディテとアドニス③アキレウスの死、の三篇である。

 



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町田フィルハーモニー合唱団

Machida Philharmonic Chorus

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